私が体験したイノシシ捕獲騒動

最終更新日 2024年11月1日 by arketcro

私の自宅は山から1キロほどの場所にありますが、中心市街地にも近く、20年以上住んでいて野生動物に遭遇したことはありませんでした。

山を挟んで反対側の街ではクマが出たということで警戒が強化されており、「怖いですね」なんて近所の人と話したりもしましたがどこか他人事でした。

そんな時、隣家の家庭菜園が何らかの動物に荒らされたという話が飛び込んできました。

今年は他県でもクマの被害が多いということで、途端に野生動物への恐怖が現実のものになりました。

すぐそばに幼稚園や小学校もあるので、すぐに警戒が強化されました。

それからしばらく、野生動物の目撃情報はありませんでした。

ところが、恐れていたことが起こってしまいました。

その日は朝から晴れていて、隣家のご主人が畑で作業しているのが窓から見えました。

それから30分近く経った時、隣家のご主人が畑で叫んでいるのが聞こえました。

私と家族で慌てて外に出ると、隣家の畑には血を流して倒れているご主人と大きなイノシシがいたのです。

周囲が騒がしくなってきてイノシシはその場から走り去りました。

とにかくご主人が心配で駆け寄ると、意識はしっかりしていましたが、噛まれたとみられる傷が左脚にあり、そのあたりのズボンは血で真っ赤になっていました。

聞くと、作業をしていたら突然後ろから突き飛ばされ、驚いて後ろを見るとイノシシがいて、咄嗟に持っていた農具で防御しようとしたけれど左脚を噛まれたということでした。

騒ぎはすぐに広まり、警察や猟友会が家の周辺をパトロールし、防災無線や広報車が終始警戒を呼び掛けていました。

びっくりしたのが、祖父が猟銃を取り出したことです。

昔、祖父が猟師をしていたことは知っていましたが、猟銃を持っているのを久しぶりに見たので驚きました。

年齢にしては元気で毎日のウォーキングを欠かさない祖父ですが、それにしても高齢なのでこれから一体どうするのか心配になりました。

祖父は猟友会に加勢すると言うと家族の制止を振り切って出かけてしまいました。

ものすごく心配でした。

猟銃を持っていても隣家のご主人のように後ろからやられたら痩せ型の祖父なんてひとたまりもないのでは…。などと気が気ではありませんでした。

その日は何事もなく祖父は帰ってきましたが、翌日は朝から出かけていきました。

罠をあちこちに仕掛けたとニュースで言っていたので、どうか罠にかかっていてほしいと願っていました。

しかし、その日もイノシシが捕獲されたという情報は入ってきませんでした。

ただ、隣の地区でも動物に畑を荒らされたというニュースがあったので、近くをうろついているのは間違いないということでした。

祖父は次の日も、その次の日も猟銃を持って出かけていきました。

ことが動いたのは4日目の朝でした。

祖父が猟友会の人とパトロールをしていた時に、現れたのです。

しかしそこは通学路で、しかも児童が登校する時間帯だったので銃は使えず、とにかく追いかけることしかできなかったそうです。

といっても相手は野生動物、すぐ振り切られ姿を見失いました。

その日帰ってきた祖父はものすごく悔しそうでした。

どうして祖父がそこまで頑張るのか。

どうしてそんなに悔しがるのか。

私には分かりませんでした。

ただ、次第に祖父への心配は薄れ、代わりに「どうか仕留めてほしい」という思いが芽生えるのを感じていました。

イノシシが捕獲されたと夕方のニュースで見たのはその翌日でした。

テレビには檻のようなものに入ったイノシシが映し出されていました。

猟友会が仕掛けた罠にかかっていたということでした。

隣家のご主人を襲った個体なのかは確実ではありませんでしたが、テレビで見ただけでもとても大きかったので、きっとそうだろうと思い、本当に安堵しました。

後日、祖父にどうしてあんなに捕獲に一生懸命だったのか、聞いてみました。

祖父はずっとこの場所で生きていて、野生動物と干渉し合わないことで「共存」している意識があったそうです。

猟をする時は山へ行き、最低限の獲物しか獲りませんでした。

猟をしていて野生動物に襲われたこともありましたが、それは彼らの領域を侵しているのだから仕方ないことだ、と納得していました。

ところが今回、自分たちの平和な生活に野生動物が飛び込んできて、蹂躙した。

まるまると太った大きな個体なので、食べ物に困って人里に降りてきたのではないはず。

たくさんの人、とくに子どもに不安な思いをさせたということで何としても捕獲しなければと思ったそうです。

祖父は私にも「心配をかけて悪かった」と言ってくれました。

そう言われて、私は祖父の言う「共存」が続いてくれればいいのにと思いました。

人間も動物も、互いに干渉せず。

のどかなこの場所で、祖父も含めた家族と平穏な生活を続けていきたい。

そう強く思いました。

昔の人はそうやって生活を送ってきたのだから、私たちにもできないことはないと思うのです。

この騒動を通してそんなことを考えるようになりました。

イノシシ 箱わな